2018年1月に提訴した宗教法人薬師寺に対する差止請求訴訟が、本年3月25日付けで和解合意に至りました。
以下にその経過をお知らせいたします。
1 被害の概要
一畑山薬師寺では、納骨堂に遺骨を安置し、永代供養を行うサービスを行っています。
金額は、遺骨を安置してもらう場所等に応じて異なります(安いものでは1万円からで、高いものだと100万円を超えるコースもあります。)。
生前に申し込むことも可能とされており、生前の申込みをした消費者から、キャンセルの申入れをしたところ、キャンセル自体には応じてもらえたが、既に支払った240万円全額を返金してもらえなかったという情報提供が当団体にありました。
2 問題点
(1)一畑山薬師寺が返金に応じない根拠
当時、一畑山薬師寺が用いていた約款には「キャンセルの際、ご返金はできません。」という条項があり、それに基づいて、一畑山薬師寺は、返金する必要はないと主張していました。
(2)上記不返還条項の問題点
しかし、生前にキャンセルした場合、遺骨の安置も永代供養も始まっておらず、空いた場所について再募集すれば、一畑山薬師寺に何ら損害は生じないはずですから、既払金を一切返金しないのは、解除に伴う違約金等を定める条項は平均的な損害の額を超える部分について無効とする消費者契約法9条1項1号に抵触すると考えられます。
3 第一次訴訟
(1)提訴に至る経緯
そこで、上記不返還条項の改定を求めて、平成29年3月22日から申入れを開始しましたが、一畑山薬師寺側は、様々な理由を付けて一向に改定しようとしないため、平成30年1月19日に提訴しました。
(2)訴訟の経過
一畑山薬師寺は、①お布施・志納金である(=贈与である)、②申込みがあった時点から契約者の先祖の供養を開始しており、一畑山薬師寺の事務の主要部分は既に履行済みである、などと争いましたが、裁判所の理解は得られませんでした。
和解協議の際、一畑山薬師寺からは、契約日からの経過日数に応じて返金率を定める条項とする案が提案されましたが、当団体は、平均的な損害の額は(最も低額の供養の金額である)1万円を上回ることはないとして、これを拒否したところ、平成31年3月12日、突然、一畑山薬師寺が請求を認諾したため、訴訟は終了することになりました。
4 第一次訴訟終了後の経過
(1)一畑山薬師寺の新約款開示拒否
平成31年4月16日付けの「新約款開示のお願い」で、一畑山薬師寺に改訂後の契約書等の開示を求めましたが、一畑山薬師寺は、外部への交付を予定していないとして、これを拒否しました。
(2)証拠保全
そこで、令和元年7月24日、証拠保全の申立てをしたところ、証拠保全決定が出て、令和元年11月8日の時点で一畑山薬師寺が使用している契約書等を保全することができました。一畑山薬師寺は、一部の条項を改定しており、返金規程を新たに設けていましたが、これは、上記3(2)記載の訴訟の和解協議の際に一畑山薬師寺が提案した条項とほぼ同じものでした。
(3)間接強制
新たに設けられた返金規程のうち、第1項は、第一次訴訟で差止めを求めた不返還条項に当たると考えられたため、間接強制の申立てをすることにしました。
すると、一畑山薬師寺は、不返還条項に当たらない旨を主張する反論の意見書を提出するとともに、返金規程の第1項を削除する改訂をしました。
改訂されたことにより、形式的には不返還条項に当たらなくなってしまったため、間接強制の申立て自体は取り下げることにしましたが、改訂後の返金規程にも、なお問題が残っていたことから、当団体としては、意見書を提出し、改訂後の返金規程の問題点を指摘しつつ、取り下げることにしました。
5 第二次訴訟
(1)提訴に至る経緯
その後、一畑山薬師寺は、上記当団体の意見書の内容に一部沿う形に、返金規程を改訂しましたが、当該返金規程にも、依然として、契約日からの経過日数に応じて返金率を定める条項が残っており、納骨前に契約が解除された場合には、平均的な損害の額を超えるという根本的な問題は解決されていませんでした。当時、一畑山薬師寺が用いていた返金規程は、下記のとおりです。
記
申込者は、法定解除権の行使その他法律に定める事由に基づき契約を解消した場合、当山に対し、次のとおり、契約日からの経過日数に応じて、お布施(志納金)の返金を求めることができる。但し、当山の責に帰すべき事由に基づき契約を解消した場合(当山の債務不履行等)、申込者は、お布施(志納金)の金額の全額の返金を求めることができる。
契約日からの経過日数 | 返 金 額 |
当 日 | 納付額の9割に相当する額 |
8日以内 | 納付額の7割に相当する額 |
半年以内 | 納付額の5割に相当する額 |
1年以内 | 納付額の1割に相当する額 |
そこで、令和3年7月15日、第二次訴訟を提起することにしました。
(2)第二次訴訟における請求の趣旨の工夫
第一次訴訟では、請求の趣旨を「契約が解除される時期にかかわらず、被告が既に受領した金銭を“一律に返還しない”とする条項を含む意思表示を行ってはならない」と緩くしてしまったために、一律でない形の返還条項に変えられると、請求の趣旨に反する条項ではなくなってしまうという問題点がありました。
そこで、第二次訴訟では、「納骨前に契約が解除された場合に、既払金の全部又は一部を返金しないこととする条項を含む意思表示を行ってはならない」というように、一部でも返金しないことは許されないこととし、潜脱的な改定では請求の趣旨に反する条項でなくならないような工夫をしました。
(3)訴訟の経過
第二次訴訟においては、かなり早い段階から、平均的な損害としてどのような費目を返金額から控除するのであれば認められるかが議論となりました。
訴訟の中盤からは、和解を目指した話合いが進められ、納骨前に実際に掛かっている費用は何か、それをどのように算定するかという観点から、裁判所主導で和解条項案が作られ、令和6年3月25日、和解が成立しました。
(4)和解の内容について
基本的には、納骨前のキャンセルの場合には全額返金するという前提に立ちつつ、実際に掛かった費用があれば、それを控除して返金することになっています。
管理費用を別にすれば、控除される費目は原則として実費のみです。
6 本件訴訟の意義
納骨堂の契約で、理由を問わず受け取った代金は返金しないという条項(不返還条項)を定める寺院は多数あります。
本件和解条項で定めた返金規程は、納骨前にキャンセルがあった場合の返金のルールの一つの在り方を示すものであり(①基本的には控除が認められるのは管理費用くらいであり、②それ以外には掛かった実費があれば控除が認められる。)、今後、他の寺院でも、自主的に条項を改定することが望まれます。
宗教団体が相手ですと、萎縮して声を上げない消費者も多いと思われますが、法律問題であれば、臆せず相談等をしてほしいと思います。
訴訟の経過の詳細は下記をご覧ください。